こんにちは!枚方の司法書士 尾花健介です。

自分の終末期について考えた時、過剰な延命措置は望まないという方もいらっしゃるでしょう。

回復の見込みがない患者に対して過剰な延命治療を中止する等して、人間としての尊厳を保ったまま自然の死を迎えることを「尊厳死」と言います。

延命治療をして欲しいか尊厳死を迎えたいかのどちらかが正しいと思うかはそれぞれの考え方によりますが…、この点、どちらの考え方も尊重されるべきかと考えます。

しかし、延命措置に関する希望を家族に伝えておくにしても、例えば、普段から家族に口頭で伝えておく事や、エンディングノート等に記しておくという方法では、尊厳死を選択できる可能性は極めて低いのが現状です。

もしも、“少しでも確実に尊厳死を選択したい“場合や、自分の“終末期の医療選択の意思を明確に示しておきたい”と考える場合であれば、尊厳死宣言公正証書を作成しておくという方法があります。

今回は、尊厳死宣言公正証書の概要や、その作成の流れ、作成に必要な関連書類、費用や作成に関する注意点などについて説明します。

1.尊厳死宣言公正証書とは

最初に、ここでは、尊厳死とはどのようなものなのかの概要について、尊厳死宣言公正証書の概要やリビングウィルとの違い等について解説します。

①尊厳死とは

まず、尊厳死とは、回復の見込みのない終末期に苦痛を緩和するケアだけを行い、延命措置は行わずに自然な状態で死を迎えることをいいます。

一般的に、自然死や平穏死と別の呼ばれ方をされることもあります。

安楽死と混同されることもありますが、法的にも意味合いの上でも大きく違います。

基本的に回復の見込みがなく苦痛等がある患者に対して行う処置である部分は、同じなのですが、尊厳死に比べてより人為的(積極的)に死をもたらす行為を指します。

延命措置は行わないものの、死ぬ時期については自然に任せる尊厳死とは、この部分で大きく異なります。

そして、決定的点として、人為的に死期を早める安楽死は、現在の日本においては違法です。

もし、尊厳死と安楽死の違いにについて、より詳しく知りたい方は、以下の記事で解説していますので併せてご参照ください。

参考記事:尊厳死と安楽死の違い、尊厳死を選択する場合はどうすべきか?

②尊厳死宣言公正証書の概要

尊厳死宣言公正証書とは、“尊厳死を希望する旨”を公正証書で作成し残して置くものです。

冒頭で言及した通り、例えば、終末期の患者に対する過剰な延命措置などは、いたずらに苦痛を長引かせ、医療費の負担を無駄に増やすだけであると考えて、過剰な延命措置は望まないという方も増えています。

これは、医療従事者の間でも同様の考えが広がりつつあります。

しかし、医師の観点から見ても、ただでさえ回復の見込みが在るか否かの医学的判断の難しさがあるだけでなく、その上で、人工呼吸器等の延命維持装置を外すことは、患者の死に直結するため、ややもすれば違法行為(刑法第202条 殺人罪)に抵触する、非常に難しい問題でもあります。

実際に、延命措置を行わなかったことや止めたことにより裁判に発展した事例も存在します。

このような背景から、患者本人が、完全に回復が見込めないような状態でも、延命措置を止めることが出来ないケースも珍しくありません。

この尊厳死の扱いの難しさは、終末期の患者はほとんどの場合意識が喪失しているか、人工呼吸器につながれており言葉を発することができない状態にあるために、患者本人で医療内容を選択する意思表示が難しいという点にあります。

しかし、この点で、意思能力がはっきりしているうちに、“回復が見込めないと判断された時に延命措置を望まない”という、意思や希望(尊厳死を選択したいという内容)を公正証書として作成しておけば…、

患者の意思表示が認められることになるため、医師が延命措置を止める決断を下しやすくなると考えられます。

③リビングウィルとの違い

リビングウィルも、“自身の終末期医療やケア内容の希望について記述する文書”という意味では、公尊厳死正証書と扱いは一緒です。

主に、自力で意思表示ができなくなった時に回復の見込みがない場合に備えて、『延命措置を行わずに自然に任せて欲しい。』という趣旨の意図を医療スタッフに伝えるための書類と考えられています。

公尊厳死正証書と違うのは、特に決まった形式はない点で、例えば、遺言書のように全文手書きをしなければいけないという法律等も存在しません。

しかし問題が残るのは、リビングウィルが法的に有効かは正味不透明であり、リビングウィルを用意していても、状況によっては医師が、その意思表示について、適法なのか?意思表示の内容の真否について、判断を迷う可能性もあります。

この点、尊厳死宣言公正証書の場合は、現時点で明確な法律上の規定があるわけではないのですが…、

公正証書として作成されていることから、少なくとも確実に、“本人の意思で作成されたこと”が示すことが出来る為、法的にも証拠として認められやすい書類として考えられます。

そのため、医療機関側にとっても、尊厳死宣言公正証書が存在することに拠って、延命措置を止めることを問題視せずに済むでしょう。

2.尊厳死宣言公正証書は遺言書ではない

しかし、尊厳死宣言公正証書を作成せずに、『遺言書まとめてに延命治療の拒否等について書いておけば良いのでは?』と考える方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、下記の2点の理由により、延命治療の拒否は遺言ですることができません。

①遺言は法定内容しか書けない

遺言は遺言者が亡くなった後に遺言者の財産について誰にどの割合で相続させたいかなどを定めておくための書類であり、法定された内容(法定遺言事項)しか書くことができません。

そして、延命治療の拒否は法定遺言事項ではありませんから、もし仮に延命治療の拒否について遺言に書いたとしても法的効力は生じません。(関連記事:遺言書で決めれる内容、法定遺言事項とは?

②遺言は遺言者死亡により効力が生じる

次に、そもそも遺言は遺言者が亡くなった時になって初めて効力が発生するものである為、遺言書で延命治療の拒否をすることはできません。

当然の話として、延命治療の拒否は、その人が亡くなる前の話ですから、遺言を延命治療の拒否に使うことができないのは確定の話になってしまいます。

3.尊厳死宣言公正証書の作成の流れ

ここからは、尊厳死宣言公正証書を作成する流れについて説明します。

①原案を作成する

公正役場に行く前に、尊厳死宣言公正証書の原案を作成します。原案はメモ書きでもかまいません。

自分が尊厳死宣言公正証書に盛り込みたい内容についてまとめておきましょう。

この原案を自分個人で作成することは可能ですが、法的に問題がなく有効性が認められる文書を作成したい場合や、公正証書の作成に不慣れな方の場合であれば、公証人との打合せや作成に手間取ってしまう可能性が高いです、

専門家のサポートを受けた方がスムーズに作成できるのは間違いないでしょう。

そのため、原案をどのように作成すれば良いかわからない場合や記述する内容について悩む場合は、この時点で法律の専門家に相談すると良いでしょう。

②公証役場で打ち合わせを行う

最寄りの公証役場に連絡を入れて予約をした上で、公証役場で公証人と打ち合わせを行います。

上記の原案の事前確認のやり取りや、必要書類や実費等の確認もここで行います。

もし、病気などで公証役場に出向けない場合は、公証人に出張して来てもらうこともできますが、その際は出張費用(公正証書作成手数料×1.5倍、日当、交通費)が掛かります。

弁護士・司法書士等に依頼した場合であれば、公証人との打合せを代行してもらうことも可能です。

③公証人が文案を作成

打合せで決めた内容を元に、公証人が文案を作成します。

完成した文案は、基本的には、直接、公証役場まで出向いて確認することになりますが、郵送またはFAXで送ってもらうことも可能です。(※詳細は各地の公証役場によってことなりますので、事前のご照会をして下さい。)

内容の修正が必要な場合は、その都度、打合せを行います。

④公証役場で最終確認して署名・捺印

公証役場にて最終確認を行い、問題がなければ署名・押印をして完成となります。

完成した正本・謄本は本人に渡されますが、原本そのものは公証役場内に保管されます。

4.尊厳死宣言公正証書の作成で必要な書類

尊厳死宣言公正証書を作成する際には、本人確認を実施するために、以下のいずれかの証明書類が必要になります。。

  • 印鑑証明書(3カ月以内に発行されたもの)、および実印
  • 運転免許証と認印
  • パスポートと認印
  • マイナンバーカードと認印
  • その他公的機関発行の写真付き身分証明書と認印

5.尊厳死宣言公正証書作成の為の費用

尊厳死宣言公正証書を作成するための費用は、以下のとおりです。

  • 基本手数料:11,000円
  • 正本・謄本正本:1,000~2,000円程度(※謄本1通750円)

その他、公証人に出張してもらう場合は別途出張費用(基本手数料11,000円×1.5、日当一日20,000円・半日10,000円、交通費)が掛かります。(※詳細は各地の公証役場によってことなりますので、事前のご照会が必要になります。)

参照:日本公証人連合会

また、法律の専門家に作成のサポートを依頼した場合、報酬が必要となります。その際の費用については、依頼する事務所によって異なりますので、問い合わせてみると良いでしょう。

弊所であれば、50,000円~(※事案に応じる)程ですので、個別に相談してみてください。

6.尊厳死宣言公正証書を作成する際の注意点

最後に、尊厳死宣言公正証書を作成する上で、是非、知っておいて頂きたいポイントについて説明します。

①医師の医療を止める力までは持たない

残念ながら現時点での日本では、尊厳死宣言について明確な法制度化まではなされていません。

そのために、尊厳死宣言公正証書を残せたとしても、法的拘束力までは無く、終末期における医師の医療行為を止める力までは持たないので、必ず尊厳死が実現するとは限りません。

しかし―、

尊厳死の宣言書を医師に示して尊厳死が許容されたケースは90%をこえたというデータがあります。(参考:公益財団法人日本尊厳死協会「会員様・ご家族様からの声・2018年ご遺族アンケートより。)

このことからすると、現状の運用上からも、尊厳死宣言公正証書には法的拘束力は無いものの、医療現場においても尊厳死は容認され、本人の強い意思として尊重されることが十分あると言えるでしょう。

もし、延命治療を拒否したいと考える状況になったのなら、事前に尊厳死宣言公正証書によって本人の尊厳死を迎えたいという意思を外部に示す意味は十分にあると考えられます。

②決して先延ばしにしてはいけない

そのそも大前提として、尊厳死宣言公正証書を作成するためには、本人の意思能力が十分であることが絶対条件です。

その為に、この先で、公正証書を検討している方の認知機能が衰えてしまうことがあれば、作成することはできません。

今現在、年齢的に健康上の問題が無かったとしても、いつ何が起きるかは誰にもわかりません。

いざという時に手遅れにならないためにも、尊厳死を希望する方は、先延ばしせずに思い立った時点で作成することをおすすめします。

③家族には尊厳死の意思を伝えておく

尊厳死を希望する場合、最低でも家族に意思を伝えておくことが重要です。

何故なら、仮に尊厳死宣言公正証書を作成しておいても、家族が延命措置を強く希望すれば、医療従事者側が親族側とのトラブルを恐れて、延命措置を行ってしまう可能性があります。

尊厳死宣言公正証書を作成する際には、必ず家族全員に自分の意思を明確に伝え、事前に同意を取り付けておくようにしましょう。

また、誰にも伝えずに尊厳死宣言公正証書の正本・謄本を保管していた場合だと、いざという時に誰にも発見されない恐れがあります。

この点からも、信頼のおける家族に預けておいて、必要になった時点に担当医師に提示してもらうよう、平時から頼んでおくことが望ましいでしょう。

7.尊厳死宣言公正証書は遺言公正証書と同時作成するのがベター

尊厳死宣言公正証書を作ろうと考える方は、自分自身の「死」に向かい合っているため、終活を進めているケースが多いと思います。

前述したように、尊厳死宣言公正証書は公証役場で作成しなければいけないものなので、厳密には、死後に効力の発する遺言書とは別のものです。

その為に、死後の財産に関する遺言公正証書等も、同時に作成される方が非常に多いです。

同時に作らなければならない物ではありませんが、公証人と打ち合わせをして手続きをするわけですから、尊厳死宣言公正証書と合わせて、遺言の公正証書も作ってしまうのがお勧めです。

まとめ

尊厳死宣言公正証書は、遺言に比べて、まだそこまで世の中に浸透しているものではありません。

恐らく言葉自体知らない人が世間の大半だと思われます。

「尊厳死」の言葉の通り、自身の生き方の最後を決める重要なメッセージなので、世間からも認知され、利用者が増えて、尊厳死が世間から普通に認められるような法整備がなされることを期待します。

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